ベリーズ乳房の夕餉
ベリーズ工房とかハロプロキッズとかモーニング娘とか自分の日常とかについて書きます。
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富樫洋一


富樫さんが亡くなられたことをラジオ中のレスで知った。
正直涙が出るとは思わなかった。
まだ日本ではマイナーなスポーツだった時代からサッカーを支えてきた第一人者。
俺がバイトで記者席の配置になると、試合前に彼がいつも机に向かって何か物書きに熱中していた姿をよく覚えている。
せめて最後にワールドカップでイタリアを観てから逝ってもらいたかった。
せめてもの救いは大好きなアフリカの地で息を引き取ることができたことかな。

一人のサッカー好きとしてご冥福をお祈りいたします。
コメント
俺はこのエントリーで知ったよ…。
痰が詰まって死ぬって…。
この前フライデーサッカーショーで元気な姿を見ていたところだけに信じられない。
もうあのギャグ聞けないのか…。

俺は好きでもなんでもないけど今年はインテルにスクデットを取って欲しいね。
ユーベ、ユーベ言ってるけど届かない距離では無いし…。

…ご冥福をお祈り致します。
2006/02/09(木) 16:31:59 | URL | 名無し募集中。。。 #sg.fXydg[ 編集]
沈黙よりも駄洒落を! 倉敷保雄(コメンタリスタ)
 いつまでも前を歩いていてほしかったフットボールピープルの先輩、
 富樫さんが亡くなった。
 遠いエジプトで逝ってしまったなんて、アフリカがお好きだった
 富樫さんらしいなぁとは思うけれどとてもとても寂しい。
 待てばカイロ(海路)の日和あり、なんてにっこり笑いながら
 帰ってきてほしかった。

 ぼくが実況を始めたのはJリーグが誕生したころ。
 そのときにフットボールこそ世界をつなぐキーワードだと
 スポークスマンよろしく精力的に魅力を伝えられていたのが
 富樫さんだった。富樫さんは原稿を書き、雑誌を創刊させ、放送席の
 マイクに向かい、さらに編成部の海外コンテンツ導入にも働きかけた。
 最後の旅路となったアフリカネーションズカップの中継を
 日本に持ち込んだ先駆者こそ富樫さんだった。
 そして金子達仁さんをはじめ、多くの若者を
 フットボール界のさまざまな仕事へ誘った。
 日本のフットボール文化に大きな貢献をされた方だ。

 そしてぼくは萎(しお)れている。
 ジャンルカやヌワンコをマイクネームとして名乗ったときの
 味のあるコメンテーターはもういない。
 時として愉快ないたずらっぽい中継も
 フットボールの懐の深さと考えている僕は
 偉大な先輩を、先にしかられてくれる人を失ったわけだ。
 今頃は一足先に逝ったジョージ・ベストをつかまえて
 ジョークのひとつも飛ばしているかなと想像する。
 ベストの死を悼んだ新聞は「沈黙より喝采を」と見出しをつけた。
 ぼくは紙面をご覧の方にこう提案したい「沈黙より駄洒落を!」と



これ読んだらまた泣けてきた
2006/02/10(金) 13:13:30 | URL | ペドリン #-[ 編集]
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